地方に住むって、こういう感じ

20代を都会で過ごした女が、地方に戻ってひっそり幸せに暮らす様子。

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地方で母の日の様子を見て、改めて思ったこと

今年の母の日は、リクエストに応えて、雑誌「ハルメク」の定期購読に。
この定期購読をプレゼントすることの良さは後日書くことにして、今日は今更ながら、地方で親のそばに住むのは結構良いことだな、と改めて思ったことを。


こういうイベント事があると、どのシルバー達も暇なので、親しい近所の人や親戚と、「さっき息子が来てくれた」「奥さんが私に、○○を選んでくれた」「母の日だけれど、孫からのプレゼントも貰えた」などなど、電話での報告会が行われる。
母の日が終わっても、「今日は、母の日にもらった〇〇を食べた」などと、母の日ネタはしばらく続く。


そして私の職場では、「今年の母の日は、〇〇をあげる予定」「旦那さんの母親へは〇〇にした」「プレゼントは、車でちょっと足を伸ばして〇〇まで買いに行った。そこでばったり、〇〇さんに出会った」などなど。こちらでも母の日ネタの会話が。


この事実を、私は都会に住んでいた頃、全然知らなかった。
だって、離れて住んでいるんだから。自分以外の人がどんな生活を送っているかなんてことを考える余裕はなかったから。
都会でそんな会話がなかった、といえば嘘になるけれど、私はそういう会話をかなりスルーしていた。面倒くさくて。考えたくなくて。


だから都会に住んでいた当時の私は、母の日も誕生日も関係なく、ただ自分のスケジュールが空き、かつ、気が向いた時にだけ、都会で流行っているお菓子を送ってみたりしていた。本当に時々。あとは、実家に帰る当日に、急いで買った何かしらを渡したり。
わざわざ、母の日にちょうど届くように送る、みたいことはやっていなかったような気がする。「ような気がする」って、記憶が曖昧なのは、都会時代は睡眠が足りていなかったからであり、そういうことをあんまりやっていなかったからでもある。


親と離れ、都会で10年以上を過ごし、その後地方に戻って親のそばに住む私。
子離れできていないとか、親離れできていないとか、そういうこと以前に、親の近くに子供が住むのは、なかなか良いものだなと改めて思っている。


母親が、姉妹や友人に謙遜しつつも嬉しそうに、母の日ネタを電話で話す様子を近くで見て、私はちょっと切なくなった。
私がほぼ何もしていなかった、近くにも住んでいなかった、全然電話もしなかった空白の10年ちょっと、母はどんな気持ちだったのだろう、と。
申し訳なかったな、と思う。せめて、頻繁に電話をしたり、イベント毎に何でもいいから送ったりすれば良かったなと。
でもほんと、都会に住んでいると遠く離れた人の事なんて、考える余裕が全然なかった。仕事もあるし、趣味もあるし、行きたい場所もある。自分のことしか、なかった。
そして正直に言うと、私は親のことがあんまり好きじゃないのです。気が合わないのです。だから当時、考えたくもなかったのです。目の前にいないし。


人には、なりふり構わずただただ必死に生きる、そんな時期が必要だとは思うけれど、やっぱり、ずーっとそれはだめだな、と思う。それは、自分以外の人にも悪いし、何よりも、自分というひとりの人間にとって良くない。
どんな時だって、優しさや気持ちがあれば、少しは気に掛ける余裕あるだろう、と思われるかもしれないけれど、私には無理。できない。
だって私は優しくないから。だから、時間がないと、余裕がないと、優しい気持ちにはなれない。
だから今、地方に戻って良かったなって思っている。自分比ではあるけれど、私は昔よりも、ずいぶんと人間らしくなった気がしている。


優しい気持ちを生むのは、心ではなく時間です。
まわりみ


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